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Appleという会社にスティーブ・ジョブスという偉大な経営者がいた。様々な慣例を排除し、コンピューターや音楽試聴環境を再発明してきた。彼もまたすばらしいコンセプターだったと思う。いまの日本の製造業界には「ジョブス待望論」なるものがあるように思われる。彼のように斬新な創造力と、困難を切り開くリーダーシップを併せ持つ人物こそ製造業に必要なのだという論調である。
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織田信長もまた、創造力とリーダーシップを兼ね備えていたように思われる。しかし、ジョブスにせよ、信長にせよ、こうした百年に一人の逸材を待っていられるのだろうか?答えはNoだ。
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こんな話をたびたび見かける。創造力豊かなAさん。いままでにない革新的なすばらしいアイデアを思いついた。上司に「こんなアイデアを思いつきました」と提案してみたところ、上司もこれはいいと合点し、「よし、お前が商品にしろ。事業部長にしてやる。部下もたくさんつけてやる。予算もだ」、とAさんをまつりあげる。Aさんはリーダーシップに欠けていて、人心掌握ができず、結果的に商品は生まれることなく失敗に終わった。上司は「なんだ、うまく行かなかったということは、やはりいいアイデアじゃなかったんだな」、と一巻の終わり、というシナリオである。
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こうした「言いだしっぺが全部やれ!」という乱暴なことをやっている限り、うまく行くわけがない。一次元の価値軸がまだ存在していて「新製品であるという理由だけで売れた」高度成長期の製造業では、大きな波(トレンド)に乗っているためこんなやり方でも結果的にうまく行くこともあったろうが、複雑な外部環境の現代ではまず失敗するだろう。
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コンセプターは創造力が資本である。前述のように自由で夢見がちで子供っぽかったりする。人を統率できなくてもまったくかまわないのだ。コンセプターはリーダーである必要はないのである。そう、コンセプターとリーダーは分業しなければ絶対にうまく行かない時代なのだ。そして、両者を兼ね備えた人物を百年待たなくて済むのである。
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コンセプターとリーダーをシステマティックに分業して長い歴史を経た業界がある。軍隊である。近代軍隊は、プロイセン(ドイツ)から始まったといわれるが、司令官(リーダー)と参謀(コンセプター)は分業され、それぞれが専門職として“別のキャリアパス”を持っている。堺屋太一の『組織の盛衰』にこの司令官と参謀の役割の違いが書かれている。
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司令官
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目的追求行為を行う
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軍隊の専門知識が必要
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その場に応じた適切な判断力を持つ
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労を厭わない勤勉さが必要
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人心掌握力がある
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創造力は不要(現場で創造力を駆使すると失敗することが多い)
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参謀
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創造力こそが重要
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現状把握と将来予測ができる
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全体を俯瞰する広い視野を持つ
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企画提言に対する積極性がある(常に事を起こしたがるタイプ)
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このように司令官(リーダー)と参謀(コンセプター)は必要とされる資質が大きく違う。正反対といってもよいほどで、共通点は知識がともに必要なことくらいである。この分業体制こそ、コンセプターがコンセプターの仕事に専念できるための大きなヒントになると思われる。もう一度言うが、コンセプターはリーダーを兼ねる必要はないのである。