2013年2月12日火曜日

第17回 場による集団形成


l         日本の稲作・農耕文化は「枠」をつくり、その中に閉じた中で勤勉な仕事をするという話が前回の骨子だった。この「枠」は自分の領分、所属を明確にするものだと言えるだろう。「あなたは○○村の仲間だ」、「君は○○会社の社員だ」。これがムラ・イエ構造なるものである。

l         母性原理は平等が本質である。枠の中の構成員は同質でなければならない。そのため、このムラ内の構成員に一体感を持たせる傾向が強いらしい。ムラの中でしか通じない符丁のような言葉をわざと作り、その隠語を使うことで同じ枠内の成員であることを自覚し、同質性を高めていく。同質性を向上させるためにはよそ者・異端の排除という手段も厭わない。これがいわゆる村八分である。母性原理の「包む」包容力は慈愛に満ちた良い印象だけではない。「しがみつき」「からみつき」「呑み込んでしまう」という負の作用もあるのだ。


l         そして、この同質性に満ちた枠内に醸成される「場」というものを、「わが国においては、場に属するか否かがすべてについて決定的な要因となるのである」(『母性社会日本の病理』河合隼雄)というくらい日本人は重要視する。

l         山本七平の『「空気」の研究』はその「場」に形成された同質化の力を「空気」と呼んで、人の意思決定を強力に拘束するその猛威を論じている。場の情緒的な「空気」が論理的な思考をゆがめさせ、正しい意思決定ができなくなるというのである。「空気」は暗黙知のことだともいえるが、まさにこの非言語コミュニケーションの暗黙知は第14回 母性原理が支配する日本 の表にもあるように母性原理の特徴の一つである。

l         実は「空気」によって判断を誤るという現象は日本だけではない。一般的には「集団浅考」といわれている現象であり、研究者としてはアーヴィング・ジャニスが有名だ。「リーダーが決断する時―危機管理と意思決定について」という著書では、ケネディが、キューバ侵攻で犯した集団浅考などが紹介されていて面白い。

l         しかし、この日本において「空気」の威力が絶大なのは、日本語の情緒表現の性能のよさが場の一体感を促進する方向に効果的に働いているようなのである。冷泉彰彦の『「関係の空気」「場の空気」』では、日本語がそもそも相手との関係性や空気を読む前提でできていることを指摘している。つまり、自分と相手の関係によって「すみませんが、ビールをお願いできませんでしょうか?」から「おーい、ビール!」まで多様な表現が可能で、冷泉はこれを「コミュニケーションツールとして過剰性能」と断じている。このように共感性を高めあう日本語の仕組みは敬語だけでなく、性別話法、省略表現、隠語など多くのオプションが提供されているようなのだ。

2 件のコメント:

  1. キューバ危機に関しては、高校時代に資料をあさりました。詳細はもう忘却のかなたですが、ひとつだけ覚えているのは、メンバーがいろいろなオプションを提出していながら、「誰もが自分のオプションを選択されないことを願っていた」というくだりです。ジャニスは読んでいません。

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  2. Keiさん コメントありがとうございます。ジャニスの本にありますが、内部の良く知った者同士が長時間話し合っていると、深く考えずに同調してしまう(空気の支配)そうです。

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